
諏方大明神になった甲賀三郎
日本の中世の説話集・神道書『神道集』の『諏訪縁起の事』では、甲賀三郎の伝説が次のように記されています。
昔、甲賀の国では、甲賀太郎諏到(よりむね)・次郎諏任(よりさだ)・三郎諏方(よりかた)という三人の兄弟が暮らしていました。中でも三郎は美しくまた頭も良い人物であったことから、父親は三郎に家督を継がせました。
父親が亡くなりしばらくすると三郎は春日姫をめとり、二人は仲良く暮らしていましたが、伊吹山へ狩りに出かけた際、何者かが春日姫をさらってしまいました。三郎は兄たちとともに全国の山々を探し回り、ついに信濃蓼科山にある人穴の底で姫を見つけました。三郎は藤のつるを集めて籠と縄をつくり、穴へ降りて姫を助け出しました。けれども、三郎が姫の忘れた鏡を取りに戻ると、次郎が裏切り、藤の籠のつるを切ってしまったため、三郎は穴に取り残されてしまいました。

三郎は、春日姫に会いたい一心で、何年も地下の国を旅しました。地底の七十二の国と、七十三の人穴を通り抜けて最後にたどり着いたのが、鹿狩りをしている維縵国(ゆいまんごく)でした。三郎が王の末娘である維縵姫を妻にして幸せに暮らしていると、いつの間にか十三年と半年が経っていました。
ある朝、三郎は春日姫のことを思い出し、地上に帰ることにしました。維縵姫と王はとても悲しみましたが、贈り物として千頭の鹿の生肝で作った千枚の餅、菅という草で編んだ行縢(むかばき)、三段に紙を切った御玉井紙(みたまいがみ)、桃色の萩の花、厄除けの投鎌(ないがま)、梶の葉の紋の直垂(ひたたれ)、三葉柏(みつばかしわ)の幡(はた)をくれました。道中は危険なこともたくさんありましたが、維縵姫からの贈り物に守られ、ようやく千日目に浅間山の麓にたどり着きました。三郎は、蓼科山へ荷物をおさめ、ふるさとの笹岡の釈迦堂へ向かいました。けれども、自分が大蛇になっていることに嘆き、お堂の仏壇の下に身を隠していました。
そこへ、甲賀三郎の伝説を知る僧たちが現れ、「池の水に入り、東西南北にむかって四つの文を唱えれば、人の姿に戻れる」と教えてくれました。言われたとおりにした三郎は元の姿に戻り、春日姫と再会しました。
この後、二人は中国へ渡って暮らすうちに、神の力を得ました。やがて甲賀の国の神に頼まれて日本に戻り、三郎は岡屋の里に立って諏訪大明神となり上宮(上社)に、春日姫は千手観音となって下宮(下社)に祀られました。また、維縵姫も浅間山に現れ、浅間大明神となりました。
伝説に出てくる、藤のつる、鹿の生肝で作った餅、菅の行縢、御玉井紙、萩の花、投鎌、梶の葉の直垂、三葉柏の幡は、諏訪大明神のお印として、今に伝えられています。
