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上諏訪温泉しんゆ~諏訪に魅せられた岡本太郎01~

巨匠が絶賛した「万治の石仏」

諏訪大社下社春宮のすぐ近くに「万治の石仏」があります。どっしりとした岩を胴体とし、その上にユニークな表情の仏頭を乗せた石仏です。胴体は高さ2.6m、幅3.8m、奥行き3.7m。安山岩でできており、正面には定印を結んだ阿弥陀如来の坐像が、衣の上には太陽・月・雷などの紋様が、左部分には「南無阿弥陀仏」と共に制作年である「万治三年十一月一日」の文字が刻まれています。

「万治の石仏」は万治3年(1660年)に造られた石仏で、地元の人々からは、「あみだ様」の名で親しまれてきました。「万治の石仏」が全国的に知られるようになったのは、昭和49年(1974年)に芸術家である岡本太郎が諏訪大社の視察に訪れたことがきっかけとなっています。岡本太郎は、ご存じのとおり昭和45年(1970年)に開催された大阪万博のシンボル『太陽の塔』などの数々の名作を生み出した巨匠です。「芸術は爆発だ!」という言葉でもおなじみではないでしょうか。

「世界中歩いているが、こんなに面白いものは見たことがない」。太郎は「万治の石仏」と対面したとき、カメラを持つ手をふるわせながら絶賛したといわれます。自然石の丸みをそのまま活かした胴体、小さな仏頭を後から乗せた構造、神道と仏教が融合した“同体異仏”の思想を表す胴体に刻まれた曼荼羅、さらに、その不思議な伝説も太郎を釘付けにした理由の一つだといわれます。

伝説によると、諏訪大社下社春宮に石の鳥居を造る際、この石を材料にしようとノミを入れたところ傷口から血が流れ出し、石工たちは仕事を中止することになりました。するとその夜石工の夢枕に上原山(茅野市)に良い材料があるとのお告げがあり、実際に良材を見つけることができ鳥居が完成しました。石工たちは、この石に阿弥陀如来を祀り、霊を納めながら鳥居を建立したといわれます。

また、ご利益は「万(よろず)が治(おさまる)」ことから、物事がすべて丸く収まるといわれており、願望成就、万病平癒などにも効くとされています。お参りの仕方も①正面で一礼し、手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じます。②石仏の周りを願い事を心で唱えながら時計周りに三周する。③正面に戻り「よろずおさめました」と唱えてから一礼するなど、独特な作法が決まっています。

古くから特別な力が宿ると信じられてきた「万治の石仏」。ではなぜ、太郎はそれほどまでに感動し、講演やメディアでも紹介したのでしょうか。

次号では、太郎の芸術観がどのよう「万治の石仏」そして諏訪地方と一致したのかを紹介します。

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